

〜2005年
勤務時代を経て、フリーランスとして独立。
2006年〜
東京都 港区 に、グラフィック・デザインの事務所を設立。
法人(株式形態)経営、実店鋪の経営。
設立当初、業界の慣習に習って「デザイン事務所」として活動を始める。
港区の高層エグゼクティブタワーの1室に事務所を構え、
企業系広告や自治体プロジェクトのディレクターなど。
同時に、
飲食(フードカフェ)美術物販(アンティーク・雑貨)の店舗を開店、
目黒区 駒沢の通称「ファニチャー通り」エリアに実店舗を運営する。
ビル1棟・4フロア・計100坪にて実業・商業経験を積む。
開店後2年でメディア撮影や取材、貸切予約が入る「オシャレ店舗」化。
従来型のクリエイター・ライフスタイルに浸る時期。
2007年〜
オリジナルのプロダクト系ブランド・業態などで、ライセンス業務へ。
店舗や業態の運営経験から、空間・インテリア・プロダクトの業務へ。
店舗/業態開発/ライセンスエージェンシーとして、
ビジネスモデルや商業店舗、不動産などの開発依頼を受けるに伴い、
自社開発の業態やブランドがいくつかパッケージ化されたことで、
ライセンスエージェンシーとしての業務がメインとなる変革期。
2008年〜
ECシステムを利用した、サイト事業の運営を開始。
従来のデザイン業界の在り方・価格体系、
クリエイター型のライフスタイルの不透明さに疑問を感じ、
オンライン上にてサービス提供が完了する、
ECシステム型の「オンライン・デザイン事務所」を開設。
同時に、運営目的会社に、LLC.を設置。
設立当初・いわゆるECカートを搭載した「IT事業」として、
サービス・商材販売から始めたこのサイトが、
のちの「無形物製作所」の屋号・コンセプトの原型となる。
販売提携や掲載商材の登録増加によって取扱業務の範囲が拡充、
現在のサービス・ラインナップを構成するに至る。
サイトの設立から半年後、
業績を観た複数のファンドからの出資要請を受けるが、
拡大路線・IT事業社のレールを迷ったのちに断る。
折しもその半年後、
リーマンショックに象徴される構造変化が広告業界にも波及。
異業種を含めた専門技術者の登録が急増したことで、
クリエイティブチーム・エージェンシーとしての機能を持ち始める。
2009年〜
大規模プロジェクト・全国規模でのチーム編成が可能に。
広告代理店・人材派遣会社との包括提携を締結。
登録・提携技能者と、クリエイターのネットワークにより、
大型案件依頼やプロジェクトへのチーム編成依頼が増える。
企業渉外や雇用契約の複雑化に伴い、
参加者のエージェント・渉外代行などの業務が大部分と成る。
事業所を港区から移動するなど、従来の業界スタイルからの脱却時期。
2010年〜
非営利組織として、日本フリーランス協会を立ち上げる。
雇用側との渉外・契約代行などのエージェント業務、
多種多様のフリーランス技能者の現状を観ていく過程で、
「自営業・自由業」への偏見や、日本での職業分類の古さ…、
法人取引における商慣習、福利厚生や公的制度の整備不足…、
財務・契約に関する自営業側の知識不足、など…。
いくつかの問題がパターン化していることに気づき、
業界の合理化や悪習の原因になっている状況への意識が拡がる。
具体的な制度の共済・法律への提言をすることで解決に繋げるため、
非営利活動での中間組織・法人体制へ活動方針を変更する。
NPO法人として、協働活動を始める時期。
2011年〜
フリーランスの登録会員数が増え、
共済制度や優待販売・福利厚生などの創設が可能になってくる。
会費制度・事業運営の安定性を増すために、非営利型の社団法人へ移行申請。
「職能個人の集合体」として、協働福利を運営するための組合基金や、
大規模案件への協働受注、協働購入申込による優待条件の実現など。
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